僕があの場所に行く理由は、多分、
自分で植えた記念樹がどれだけ育っているかを確認するためなんだと思います。




始めてあの場所を訪れた時に、
建物や、道路、田んぼ、畑。
空や、風、音、匂い。
自分を取り囲む全ての空間に、僕は苗木を植えました。




行く度毎に苗木は少しずつ大きくなっていて、
建物が空と重なったり、風に揺れる稲からは乾いた音がしたり、
感じられる層が厚くなるにつれて苗木の数も多くなっていきました。




想いが大きくなるにつれて樹は大きくなって、
その想いに気づく度に樹は数を増やしていきました。




何回行ったかはもう覚えていません。
今の僕にとって、あの場所は「森」になっています。
見上げるような高さにまで成長して、
その数は、数え切れないくらいになって、
でも、葉も、幹も、全てが透明に透き通っている「森」。




その「森」が放出する空気に浴していられる。
そこでは、僕は心から落ち着く事ができます。
高橋愛への想いが作り出した「森」だから、
だから僕は、何回もあの場所へ足を運んでしまうんだと思います。




夕暮れ前、一人で歩いている時に、ふと、仮に、想像してみました。
もう、ここには来ない。




少し強めに吹いていた風が、かつてない艶を帯びて耳元を通り過ぎました。
僕はニット帽を耳が隠れるくらい目深に被っていて、
風が帽子の荒い網目に反響して物凄い音を立てました。
驚いた目をした僕を残して、その風は校舎の方へと過ぎて行きました。
濃いオレンジ色に沈もうとしている校舎でした。




僕にとってどれだけ大事な場所なのかを、風と音が教えてくれました。
そして、その時に僕は少しだけ誓いました。
今度この場所に来たら、見えないくらい高い森にしてみせようと。




そして、今まで触れた事のなかった梢に、勇気を持って触れてみようと。