声  

ベンチに座っている。
うなだれて、口元を両手で押さえて。



リフレインする、高橋愛の歌声。




過去の自分がやって来る。
彼女の歌声を聞くために。
無数の過去の自分自身が、彼女の声に引き寄せられて、
心の表面に湧き上がる。



もう出て来ないでくれ。
お前達の顔など見たくない。
醜い、苦悶と怒りの表情に満ちた、
ただ悲しむことしかできないお前達の顔など。



でも、言えない。
誰にも言えない。
ただ口元を押さえて我慢するしかない、
それが本当の自分。





高橋愛の歌声が、「本当の自分」に、語りかけてくる。



ペンチに座ってうつむいている僕の前にしゃがみこんで、
僕の顔を覗きこんで、
「大丈夫?」と言ってくれる。
「大丈夫だからね。」と言ってくれる。


そう言ってくれるから、僕はベンチから立ち上がることができる。




そして、「過去の自分」の中に、


苦しみも、怒りも、悲しみも無い自分が混じり合っていく。