ブラウン管に映し出された『表情』を見た時、僕は背筋が震える感覚を覚えました。
以前どこかで感じた事のある、感覚。
そして、目が釘付けになり、周りが見えなくなっていく、感覚。
その感覚も、確かに僕は感じた事がある。



ブラウン管に映し出されている『 眼差し 』。
その眼差しを、確かに僕は何処かで見た事がある。





ステージに立っている時の、高橋愛



あの時の光景がフラッシュバックのように通り過ぎて行く。






僕は昨日の日記の冒頭で、「妙に怖くなった」と書きました。理由は二つあります。



理由の一つは、その表情に、彼女の『未来に対する意志』を見たような気がしたからです。



もちろん、ステージの上で見せる表情と、テレビを見ながら作る表情が全く同じであろうはずがありません。



ペクトルの方向が同じ、に僕には見えたんです。



ベクトルの指し示す方角にあるのは、『表現者としての自己の確立』なのではないか。



その表情をあの場面で見せた。そして、あの表情を見せるのは、おそらくあの時だけではなくて、
彼女の日々の生活の中で頻繁に繰り返されているんじゃないか、そう思ったんです。
高橋愛は、もはや揺るぎない何かを決めている。それを再確認したような気がしたんです。



そう考えると、だんだんと怖くなって行きました。彼女が見せてくれる『未来』に対して。
その『未来』が楽しみで仕方なくなって、逆に怖くなって行きました。
高橋愛が描き築こうとしている未来を自分はちゃんと見る事ができるのか。
怖くなった、というのは、要するにそういう所から来ているんだろう、と、そう思っています。







そして、理由のもう一つは、他愛もない、自分自身の気持ち。でも僕には、一番大切な気持ちです。



こういう事を考え続けるのが怖かった。
考え過ぎて、これ以上高橋愛を好きになるのが怖かった。
どこまで好きになって行けばいいのか、分からなくなった。だからすごく怖くなった。
だから、一日でも二日でもいいからクッションを置いて考えたかった。




怖さを覚えるくらい、誰かを好きになっていた。
でも、それが高橋愛で、本当によかった。