紀行文  





JR環状線の車内。目の前の座席に座る女性。一番端の席。20代前半くらい。
眉間に皺を寄せて目をギュッと閉じ、口を真一文字に結んでいる。耳にはイヤホン。かすかに洩れて来る音楽。
洩れて来るほどの大音量。一切の喧騒を消したがっている。



右ひじを手すりに乗せ、左手で右ひじの上腕を掴み、体を両腕に寄せていく。手すりに体重を乗せていく。
隣の人から離れたがっている。別に変な人が座っている訳じゃない。同世代くらいの女性。それでも、できるだけ
距離を取ろうとして、自分の腕と手すりにしがみついていく。顔を腕の中にうずめていく。眉間に皺を寄せたまま。
口を硬く閉ざしたまま。



大阪駅に着く。彼女は誰よりも早く電車から降りた。早足で、誰よりも早く階段を下りて行く。
僕はゆっくりと電車から降りて、彼女を目で追いながら、安物のボストンバックを肩にかけた。
結局俺も、あの場所へ逃げてるんだろうな、とつぶやきながら。