土曜日に、車で臨海道路を走っていた。
雨が降っていて、空も、そして遠くに見える海も灰色で、
あの青い色の海や空は見えなかった。



ぼんやりと海を見ながら車を走らせていた。
数十メートル先、行く手の信号が赤になった。
スピードを落として、前の車に近づいていく。




僕の目の前を走る赤い、古い車。
おそらく、1960年代のアルファロメオ・ジュリアスプリント。
左ハンドルだから、助手席に乗っている女性は、右側の窓から外を眺めている。
南へと向かっていたから、彼女の眺めている先には、海がある。




気持ち良さそうに眺めていた。色が濁っていてもやはり海は笑顔を誘うらしい。
僕の住む街から南に向かうなら、左ハンドルのほうがいいのかもしれない。
助手席の女の子が、海を眺められる。




彼女は何か、歌を口ずさんでいるらしい。
聞こえはしないけれども、話す時ほどの唇の開け方もせず、でも確かに唇は動いている。
ゆっくりとした、例えばバラードを口ずさんでいるみたいだった。
気持ち良さそうに海を眺めながら、歌を口ずさんでいた。




助手席から流れてくる、好きな人の歌声。




信号が青に変わり、アクセルを踏み込んでいく。
前の車と少しずつ距離を置き始める。
女性が突然、弾けたように運転席の方を振り返った。
大きく口を開けて驚いて、そしてのけぞるように笑いだした。




その楽しそうな笑顔のまま、助手席の彼女との距離は遠くなっていって、
次の信号でその車は海へ向かって右折していった。




僕はそのまま、臨海道路を南へと走り続けた。
ふと左側の助手席を見ると、プレゼントを見つけるために買ったジュエリー・ブックが鞄からはみ出しかけていた。