僕は時々『ポエマー』と言われてしまったりするんですが、自分で『ポエマー』と書くのはアホほど恥ずかしいんですが、
どうもそう思われてる節があるので書きますが、僕はここ数ヶ月『ポエム』は書いてません。
キモ文は散々書いてますが詩はここの所ご無沙汰です。キモ文と詩は僕の中で全然違う文体です。




詩には必ず「題名」を付けてます。キモ文には付けてません。ところでどうして僕は日記に題名付けてないかというと、
単に面倒だからです・・・。すいません・・・。
キモ文は日記の延長で書いてるので、題名も付けずにそのまま書いてます。詩は、ちゃんと題名を付けて、ある程度
詩としての体裁を整えて書いてます。




でも何が1番違うって、「書いた後の恥ずかしさ」が段違いに詩の方が大きいです。
僕は直接的な物言いがすごく苦手で、キモ文の時の書き方も「高橋愛を好きな自分を、もう一人の自分が斜め上あたりから見てる」
ぐらいの感覚で書いてます。少なくとも気持ちの上ではそんな感じです。
それは僕の、愛ちゃんのファンとしてのあり方(好きな人を遠くから、祈りながら想う)を表現するのにちょうどいい形かな、
と、日記を書き続けていくうちに自然と出来上がってきた書き方です。




このサイトの雰囲気は、そうやって、それなりに考えて作ってきた文章の積み重ねで出来上がってます。
キモ文は、気持ちを込めて書いてはいますが、客観的に書いてもいます。だから、後で読み返しても特に恥ずかしくないんです。
詩はもう、メチャメチャ恥ずかしい。昔書いてた詩なんか、握り拳で冷や汗書きながら読み返してます。




詩はどうしても気持ちをストレートに出してしまうし、文に『逃げ場』がないというか、
例えは変ですが「愛ちゃんが好き!なんてね♪」の「なんてね♪」にあたる言葉を入れられない、というか。
キモ文ならそこらへん、足したり引いたりしていろいろなんだかんだと出来るんですが、詩は本当にコアな部分しか載せられないので、
照れ隠しが出来ないんです。だからとにかく恥ずかしい。




一体何をゴチャゴチャ言ってるのかというと、明日『詩』を書きます・・・。すいません・・・。
昔からなんですが、詩を書く時は前の日に言う事にしてるんです。読むの嫌な人が読まなくていいように。
いっその事、大きく愛ちゃん画像貼って、その下に詩を「続きを読む」で隠してしまいたいくらいです。
「続きを読む」のやり方知りませんが。




詩を書くといっても、なにをどう書くのかは全く決めてません。これからアタフタしながら明日までに考えるんですが、
急に詩の形でなにかを書きたくなったので、書きたくなったのならなんか出てくるだろう、ぐらいのアバウトさで、
結局ギリギリまで出て来なくて泣きを見る、というのが目に見えてるんですがとにかく書きます。
そんな訳で明日は詩です。読むとたちどころにゾッとする筈なので避暑にはちょうどいいかもしれません。
うわ〜、詩の書き方忘れてる。