tombouze2006-08-18

□  『高橋愛』の「夜」
高橋愛ファースト写真集、『高橋愛』。
この写真集には、「ある」ものと、「ない」ものがあります。
「ない」ものを先に書くと、それは「青空」です。
高橋愛名義で出版されている5つの写真集(『高橋愛』『アロハロ高橋愛
『わたあめ』『愛ごころ』『19』)のうち、「青空」がないのは『高橋愛』だけです。
撮影した日がたまたま、青空の見えなかった日だったのか。
必ずしもそうとは言えないような気がします。この写真集では、アイドル写真集にありがちな「過度の光」を意識的に抑えているように感じました。屋内のセットでの撮影でもそれは感じられて、例えば同じセットでも『わたあめ』と比べると、『高橋愛』ではまずバックが黒のセットもあるし、そこに映し出されている高橋愛の姿に付けられている光と影の陰影も明らかに濃い。
セットではない屋内の撮影でも、いや、屋外の撮影でも基本的に光の量は少ない方向に統一されていて、かつ、影をしっかりと出して渋味のあるコントラストを見せているように思います。ほぼ自然光、それも太陽の眩しい光というよりも雲のオブラートを一枚通したような光で撮られていて、レフ板でバッチリ光を当てているような写真はあまりないんじゃないかと思います。
アイドル写真集はガチガチの芸術作品ではないので、この『高橋愛』のように写真に陰影を付けたり光を弱くしたりするよりも、体全体に明るい光が当たるようにして撮影したほうが、端的に愛ちゃんの姿が全部見えるので、そのほうが嬉しい、という人も多いはずです。『高橋愛』では影の部分は完全に黒に塗りつぶされていて、愛ちゃんの体がその影の中に溶け込んでいる写真もあります。全体的に暗い色調の写真集、と言っても差し支えないと思います。
特徴的なのが「夜」の写真。これが「ある」ものです。5つの写真集のうち「夜」の街に佇む高橋愛を撮っているのは『高橋愛』と『19』の2つ。しかし『19』では4ページの分量なのに対して『高橋愛』には10ページもの「夜」の写真があり、しかも最初のページは高橋愛が体の前にリュックを抱えている「夜」の写真です。そしてそれら「夜の高橋愛」に対しても全体像を写すような大きな光は当てておらず、その体の一部は夜の闇の中に溶けて同一化しています。
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この手の写真集の場合、テーマとしてよく「等身大の〜」みたいな言葉がよく使われます。「等身大の16歳」とか。
高橋愛』を撮った時に愛ちゃんは、16歳でしょうか。ですからこの場合「等身大の16歳の高橋愛」を見せる事を目的とした写真集なんだろうと思います。
その「等身大」を見せる手だてとして、この写真集を撮影したカメラマンは、「バックから体を浮かび上がらせる」のではなく「バックに体を溶け込ませる」事によって、逆に「高橋愛」という存在を浮かび上がらせているのではないか、と感じました。影や薄い光を使って、バックに存在を縫いつける、と言ったほうがいいかな。
そうする事によって、「バック」は単なるロケ地やセットという存在から踏み出して、高橋愛と共に息遣いを始める。
そうしてバックのリアリティを高める事によって、その場にいる16歳の高橋愛という存在をリアルに、明確に写真の中へ縫いつけようとしたのではないか、と思いました。